昨日から仙台の実家に帰省中。いろいろ見たり、話を聞いたり。


父は40年以上東北で土木関係の仕事をしている。震災後は道路等の応急処置に追われているようだ。今朝も修復作業の見積を依頼されたとかで、休日返上で現場に行っていた。今はとにかく手当たり次第に穴を埋めているような状況らしい。今後本格的な復旧作業が始まったら業界全体がお手上げ状態になるんじゃないか、と。

寝たきりの祖母は地震の後容態が悪くなり、近所の病院に入院している。見舞いに行って手を握ると、私の名前を呼びながら微かに握り返してくる。目は閉じたままなので、意識的か無意識なのかはわからない。

祖父は少し元気が無い。祖母の見舞いと晩酌が日課民主党とか自民党とか言ってる場合じゃないのにな、と嘆いている。いつも座っている座椅子のわきに、震災の犠牲者・行方不明者の数を日毎にまとめたメモが置いてあった。


今日は仙台港高砂、荒浜当たりの景色を目に焼きつけてきた。
小さい頃からずっと住んでいた場所にも行ってみた。よく遊んだ公園はがれきの集積場になっている。


センチな気持ちになっているわけではなく。むしろ街の状況、家族の状況を直接に確かめたことで、モヤモヤしていたものが少し晴れた。

そんな30日。